あっきーブログ

裕史ありがとう

また悲しいことを書かなくてはいけません。。。

これまでも悲しいことがあったときは、書くことによって、まずなにより自分も心の整理がついて気持ちがすこし楽になるということと、こうして書いた文章が、もしかしてどこかの誰かの心に届いたらなと思ってブログに書いてきました。

長文になりますが、もしよかったら読んでくれたら嬉しいです。









2018年2月13日に実の弟・裕史(ひろふみ)が天国へ旅立ちました。
39歳でした。

兄と弟の二人兄弟だったのに、一人っ子になっちまいましたよ。。。


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お兄ちゃんより、目鼻立ちが整ってるイケメン弟くんでした⭐︎



胆管がんという、川島なお美さんや任天堂の岩田社長、ラグビーの平尾さんと同じ、難治性のがんと2年間、最後まで戦い抜きました。



がんのことを書く前に、裕史自身のことをまず説明しなくてはいけないと思います。



小さいころ、普通の子供たちとちょっぴり違う個性をもった弟は、当時「自閉症」という障害者のカテゴリーで呼ばれていました。

現在では障害ではなく「障がい」とも書くみたいですね。

「自閉症」と言うと、レインマンという映画でダスティンホフマンが演じたのが有名だと思います。
言葉での意思疎通はちょっと難しいのですが、いろいろな才能がかたよって発現する人が多いのが特徴で、彼の場合は車のナンバーや嬉しいことがあった日付など、自分が好きなものの数字は一度覚えたら一生忘れませんでした。
例えばみんなであそこに行った日は何日?と聞くと、何年何月何日と瞬時に思い出せるんですよ。
どういう脳ミソの構造なのがわかりませんでしが、ほんとに驚異の記憶力でしたね。



この「自閉症」という言葉は、なんだか自ら心を閉ざした人みたいなイメージがあってあまり正しい表現とはオレは思えません。

自分の殻に閉じこもるというよりも、むしろ彼はいつでも自分の意見をはっきりと主張しましたし、だからと言って決して自己中心的というわけではなく、むしろ人一倍、人の心の痛みに敏感で、街角で子供たちが泣いたりしていると、思わずもらい泣きをしてしまうようなやさしい人間でした。


また好奇心が旺盛で、アウトドアで体を動かすことが大好きでした。
一輪車、自転車、スイミング、スキー、スケートボードなど、興味のあることは何でもチャレンジして人生を自由に謳歌したように思います。

彼がここまで人生を謳歌できたことの大きな要因は、東京の武蔵野市にある「武蔵野東学園」のおかげだと思います。
この学園は、障がいをもった子供たちと普通の子供たちを「あえて一緒に教育していく」という、「混合教育」をスローガンに掲げる私立学校で、幼稚園〜小中高まで大変お世話になりました。

教育方針は、とにかくポジティブ&アクティブという感じで、スポーツだと一輪車からスキー、スケートボードなど、音楽で言えばピアニカからバイオリンまで、「ちょっとそれこの子たちには無理じゃないの?」なんて思っちゃうようなことでも、とにかく何でもガンガンチャレンジさせてくれる学校で、子供達の無限の可能性をひたすら開いてくれる素晴らしい学園でした。


特にスケボーは卒業後も大好きで、ひとりで公園の専用スペースで滑っていたようなのですが、
ある日、裕史のものではない、ちょっとヤンキー仕様(笑)なスケボーを持ち帰って来てびっくりしたことがあります。

母が心配して公園にいる少年たちに話を聞きにいったところ、どうも我々の知らないところでスケボー仲間に入れてもらっていたようで、みんながもう使わない部品を持ち寄って、裕史のために特別に組み立ててプレゼントしてくれたものだったそうです。

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↑この左にあるイカツイデザインのが問題のスケボーです笑。


弟のような障がい者は、現代社会の歯車には社会人としてはなかなか仲間に入れてもらえないのかもしれませんが、このような人たちこそ、むしろ本当に人間らしい、純粋な心の持ち主なのかなぁと思います。
こういう弟と偏見なく一緒に遊んでくれて、仲間に入れてくれたスケボー少年たちに心からありがとうと言いたいです。


学園卒業後は、東京都小金井市にある障がいを持つみなさんが働く「ゆめ工房・さくら」というところで働かせてもらっていました。
ホームページはこちら



弟がたいへんお世話になったので、兄としてどうしてもみなさんにお礼が言いたかったので、
母と一緒に初めてその工房へ伺いました。


中に入ると障がいを持った方々が、それぞれの作業をしっかりと、しかしマイペースに楽しく作業をしている様子が伝わってきました。

しかし入り口のところで、なぜかフラッとなにもしないで立っている男性が一人いらっしゃいました。

あれ?彼は作業はしなくてよいのかな?と思いつつ、
まずは真っ先にマネージャーの方に、兄としてしっかりと挨拶せねばと思い、

「弟がこれまで本当にお世話になりまし・・・」と言いかけたそのとき!

さっきから横でフラっと立っていた男性がおもむろに近寄ってきて、

なんと突然泣き出して、オレの手をつかみました。

そして、オレのことを抱きしめてワンワン号泣しはじめてしまいました。


マネージャーの人が、「実は彼にはさっき裕史くんのことを伝えたんですよ。彼はすべてわかってるんです。」と言うもんだから、

きっと彼は俺の顔、声、言葉で全てを一瞬で察知して、とっさにこういう行動をしてしまったんだろうと理解できました。



そしたらもうオレも完全に崩壊して、彼を抱きしめながらワンワン号泣してしまいました。

お礼をお伝えするつもりが、まったくもってお恥ずかしいったらありゃしませんが、彼のハートがすごく嬉しかったです。



こんな弟ですが、言葉での意思疎通がちょっと難しい弟だったことは、決して不幸なことではなく、我々家族をいつも優しい気持ちにさせてくれました。

いま思い返すと、自分は兄でありながら、弟にあらゆることを教えられ、導かれたんだなぁという感謝の気持ちでいっぱいです。


また、父も母も同様の気持ちのようです。
父はほとんど毎週末、弟を連れて山やら海やらいろんなところへ出かけてましたし、母は、同じ自閉症と呼ばれる子供を持つお母さん同士で手を取りあい、ハンドベルのサークルを立ち上げて積極的に活動していました。

障がいを持つ三人の子とそれぞれのお母さんで初めたので、「トライアングル」と言うグループ名にしたらしいのですが、とにかくアクティブに活動して、どんどん人の輪が広がって行き、、、当時オレはもう家を出て独立してましたので詳しくはどういう経緯なのかよくわかりませんが、近所の東京学芸大学の将来教師を目指す学生さんたちや、なぜかJRの職員さんたちとその奥様方まで加わり、最終的にはいろんなところへ演奏旅行へ行くようになりました。
しかもJRの専用列車を貸し切ってですよ!
意味がわかりません笑。
そんな活動がいろいろ新聞などでも取り上げられました。
その記事をアーカイヴしてくださってる方のブログはこちら


さらにそのJRの職員さんとのご縁で、JR中央線の武蔵小金井の発車ベルの音は、弟たちが演奏するハンドベルによる「さくらさくら」が、今でも演奏されています。
なんだか同じ音楽やってるお兄ちゃんよりよっぽど活躍しちゃってるような気がしないでもありません笑。



映像をアップしてる人がいました!
(ちなみに、弟たちが演奏したハンドベルを、オレがPROTOOLSで良い感じに編集してありますので、ハンドベルそのものの音は多少抑え気味です笑。)


今回初めて知ったのですが、駅長さんが当時スタッフにこのような張り紙をしてらっしゃったようです。
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可能な限りベルの音楽を鳴らしてほしいというお願いですね。。。


障がいがあるということで、なんとなくおうちに引っ込んでしまう親子さんも多いのかもしれませんが、とにかくうちの両親は積極的に外へ外へ!とアクティブに活動しました。

もちろん良い事ばかりではなく、いろいろなことがありましたが、

それでも結果として、たくさんの人の輪が広がって、たくさんの楽しい思い出が出来て、

そしてまわりの人たちをやさしい気持ちにさせてくれて、お互いに人間的成長をさせてくれて、

人生の宝物をたくさん作ることが出来たと思います。




告別式は無宗教スタイルにして、障がいを持つ仲間たちにも気軽に来てもらえるようにしたところ、なんと100人くらい
ハンドベルの仲間や、障がいを持つ仲間たちがお別れを言いに来てくれました。


この場をお借りして、みなさんに心からお礼をお伝えしたいです。


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絵も大好きで障害者美術展で入賞して、故・高円宮憲仁親王と久子妃殿下にお褒めいただいたこともあります。





がんの経緯としては、、、
2年前に黄疸が出たことから胆管ガンが発覚し、
10時間以上にも及ぶ大手術で、膵頭十二指腸切除をし、なんとかがんを取り除けたのですが、
やはりこの胆管がんというのは予後が悪いらしく、5年後の生存率は50%以下と通告されてしまいました。

それから半年ほど入院した後、少し状況が良くなり退院して1年ほどは自宅療養と通院で暮らせてはいたのですが、
やはり再発してしまいました。

現代の医学では、この難しいがんには抗がん剤もなかなか効かず、、、

最後はオレを含む家族全員に見守られ、安らかに旅立ちました。












つらつらと長いこと書いてしまいましたが、

このブログを読んでくださったみなさんが、

もしも街で障がい者の方を見かけたら、

「あ、そいえばあっきーさんの弟って障がい者だったって言ってたなぁ」

と思い出してくれたら、オレは嬉しいです。



そして、もし出来たら、、、

出来たらでいいんですが、

心の中でそっと

「こんにちは!」

と元気よくつぶやいてみてもらいたい。

心の中だけでいいから。



そしたらそれは、その障がい者と言われてる人たちにきっと伝わります。


彼らの直感力はうちらの何十倍も鋭いから。




そして、みんなが少しでも優しい、

ほんわかした気持ちになってくれたら、

もっと素敵な社会になるかもしれませんね⭐︎








最後に、裕史と同じ胆管がんで天国に行ってしまった任天堂の故・岩田社長に、この場所から激しくお伝えしたいことがあります。



あなたが生前最後にプロデュースした、ニンテンドースイッチ。そして、スーパーマリオオデッセイ。


ず〜っと売り切れ状態でしたが、弟が死ぬ前になんとかギリギリプレゼントできたことが、兄として弟にできた最後のプレゼントでした。


障害を持ってても、病気で寝たきりだとしても、
このゲーム機は取扱説明書もなしで誰でも簡単に楽しめる最高のゲーム機ですね。

弟は最後の方は体調が悪くてベッドやソファに座ってることが多かったのですが、
楽な姿勢でめっちゃ楽しくプレイしてました。

そして、ゲームの中で試行錯誤して、
なんとかクリアしてマリオが次の面へ進める「大きな橋」がパーッと画面いっぱいに広がって行った瞬間、

最後の方は痛みばかり訴えてきていた弟の目が、

ほんとにひさしぶりに「キラッ!」っと輝いて満面の笑顔を見せてくれました。



あの一瞬は、オレの中で永遠です。



岩田さん、そして任天堂スタッフのみなさん、本当にありがとうございました。


これからもみんなが楽しめる素晴らしいゲームを作り続けてください。









  1. 2018/02/27(火) |
  2. 日記

1971年製Marshall JMP50 MKII -1987-のオーバーホール

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もうね、完全に機材のことしか書かないブログになってるような気がしないでもないですが、
むかしちびらりドライブを自作したとき、いろいろ試行錯誤して気に入ったトーンになるコツみたいのがあって紙にメモしておいたんですが、そのメモが引っ越ししたときにどこかにいってしまったんですよ笑。
なので今後はこういう「そのときだけしか覚えておけないこと」は、ブログにしっかり書いておこうと思います。
いちばんは自分のため、そしてもしかしたらどこかの誰かの参考にもなることを祈って。



さて今回は、おいどんの愛機である
1971年製Marshall JMP50 MKII 1987 50W LEADのオーバーホールをいたします。
パワー管もだいぶヘタってきましたからね。

なんだか1971年の1987とか、MKIIとか、なにがなんだかって感じですが、
MK IIってのは、Jim MarshallとKen Branのイニシャルという意味と、プロトタイプの初期形がMK I、製品版をMK IIということでマークIIとひっかけたものみたいですね。
商品名はJMP 50で、その中でもギター用のLEADが1987、ベース用のが1986というのが型番の数字で分類されているようです。この数字はRose-Morrisという当時マーシャルが流通代理店で契約していた会社のカタログ品番だったようです。まあ一般的にはマーシャルのプレキシというのが有名なのですが、プレキシ=アクリル素材から70年代に入ってメタルパネルに変更になった頃のモデルがこのアンプです☆

おいどんの大好きなイングヴェイやマイケルシェンカー、そしてジェフベックとかも愛用していたのが、100Wではなく50Wのこのタイプでした。

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この時期のマーシャルは手作業でポイント・トゥ・ポイント配線なのが特徴でして、こういう回路の見た目も音もほんとに原始的な生き物みたいな感じなんですよね。

しかし製造するにはとても作業効率が悪いため、時代の流れとともに1973年くらいからプリント基板に変わっていきます。

プリント基板ていうのはこういうのです
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当時はこれでだいぶ効率良くなったでしょうね〜
マーシャルがどんどん生産を広げていく時期だったんでしょう。
それに当時はプリント基板が最先端でカッコいい!なんて感覚だったのかもしれませんね。

しかし現代となっては、かえってこのポイントトゥポイントのものが珍重され、「音が早い!」とか「音が良い!」という伝説になっております。

しかし、おいどんの意見としましては、アンプの中の音を作る成分は、ほんとにいろんな要素が複雑に密接に絡まってますので、「ポイント・トゥ・ポイントだけで音が最高!」というわけではないと思ってます。
むしろ重要なのは当時のトランスじゃないかなと思います。
当時のトランスは現代では製造できない原料の成分が入ってるみたいですから。

しかしそのトランスさえ良ければよいのではなく、ギターアンプのサウンドは、真空管の状態や、バイアス調整のセッティング、抵抗や電解コンデンサの状態などでもどんとん変わって来ますし、
何よりこの手のビンテージは電源入れて30分くらいすると真空管あったまってどんどん音が変わってきますから・・・汗。
持ち時間30分のライブとかだと、ちょうど最後の曲あたりが良い感じになってたりします笑。





ひとつだけ確実に言えることは、ポイントトゥポイントは回路も単純だしメンテがしやすいっていうことですね。

端子と端子が直接ハンダされてますので点検や交換が簡単です。

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ハンダにはこのように赤いマニキュアがされていて、40年以上前の工場出荷時の証ともなってます。
逆にココが銀色の普通のハンダになっているところは、メンテナンスで交換されたということですね。

ビンテージ愛好家はこれをハンダバージンと言って、なるべくオリジナルの状態で使いたいと思うものなのですが、おいどんのようにライブでガシガシ使うにはどうしても消耗品は交換しなくてはなりませんので、重要な部分は思い切って交換していきますよ。



真空管が消耗品なのは常識ですが、特に重要なのが「電解コンデンサ」というパーツです。

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真空管と並んでそびえ立っている、この青くて大きなのが電解コンデンサーです。
英語だとFILTER CAPACITOR、略してFILTER CAPと表記されます。

このパーツは、大きな電気をいったん貯めこんで整えて吐き出すという働きをするコンデンサなのですが、その重労働のため、実は寿命が5年から10年くらいしかありません。

確認したところ、このアンプは1971年からなんと40年以上交換されてないようなので、これからも大切に使い続けるため、大至急この電解コンデンサを交換することにします。
なおこの電解コンデンサは、電源を切ったあとも大電流を蓄えていることがあり、感電の危険性がありますので十分に注意しなくてはいけません。
作業前には必ず確認して帯電している場合には大至急!放電させる必要があります。

この電解コンデンサーはDALYというメーカーの500V耐圧の50ufを2つ搭載したタイプです。
Marshall 1987 50Wにはこれが3つ使われています。
今回交換するのはF&T社の同じ内容の電解コンデンサ(F&T 50uf x2 500V)なのですが、技術の進化でサイズが半分くらいになってます。

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このプリ部の電解コンデンサのケーブルが短すぎて、サーキットボードを取り外すのに苦労しました。
無理にやると切れてしまいそうで。。。
検討した結果、先ほど説明したハンダのマニキュアを少しでも残すため、あまりやりたくないのですが継ぎ足し配線することにしました。



あともうひとつ重要なのが、このバイアス回路に行く電解コンデンサ。

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これも相当くたびれちゃってますね〜いままで頑張ってくれてありがとうね。
ということでSprague ATOM 8ufの150v耐圧に交換です。

もともと10ufが搭載されてましたが、今回8ufしか手に入らず。。。
でも、もともとの設計では8ufだったようなので、まあ問題ないと思います。


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また、この電解コンデンサをつなぐ抵抗が、オリジナルの設計図上では本来15Kであるところが、なぜか22Kに変更されてました。
なんででしょう???
赤いマニキュアもとれてますし明らかに前のユーザーさんが交換してますね。
ここを本来の数値である15Kに交換しました。
ここは音の信号が通るところではなく、バイアスの電流回路なのでカーボン抵抗(1/2W)ではなく、長期的に耐久性のある金属皮膜抵抗(1W)に交換しました。

カーボンは+-5%くらい誤差はありますが、その次の47k抵抗は経年劣化で50kくらいまで抵抗値上がってしまってて、結果としてバイアス調整ポット(27k)も時計回りに振り切ってもバイアス電流が適正値にならなくなってしまっていたので、ここを思いきって30kまで下げることにします。ここも金属皮膜抵抗に交換しました。

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初段のバイパス電解コンデンサ(V1 Cathode Bypass Cap)も交換です。



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250ufの6Vが搭載されてましたが、Philipsの220uf/45Vにしてみました。
ほんとは105℃に耐えられるのがよかったんですが85℃でも大丈夫かなぁ。
ここは音に影響あるところなので、様子みて変更するかもしれません。
ここの値が大きいと低域が出るみたいです。

まあとにかく電解コンデンサは、全取っ替えするのが精神衛生上よいですからね。

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さらにポラリティスイッチからアースに落ちるところにある0.05uf 1000Vコンデンサも写真では上手く撮れませんでしたが表面に白い粉が出ちゃってて危ないので交換です。

Malloryの0.047uf 600Vにします。

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あと70年代初期のマーシャルには、パワー管にスクリーングリッド抵抗が搭載されてません。
現代の真空管を使うにはこれはあった方がよいみたいなので、追加しておきます。

5W耐圧の1KΩのセメント抵抗です。4番ピンと6番ピンにさくっとつけました。

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さらに5番ピンにGRID STOPPER抵抗(5.6k 1/2W カーボン抵抗)をつけると発振が押さえられるということのですが、特にこのアンプは発振で困ってないので今回は見合わせます。


ついでに電源ケーブルも経年劣化でヘタってますので全交換しました。
おいどん愛用のベルデンの19364に交換。ドレイン線はプラグ側のみに接続です。

メッシュで保護してプラグもマリンコ8215にしました。


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さらに、ビンテージマーシャルのインピーダンスセレクターはパコっと引っこ抜いて差しこむだけ・・・というとっても不安な構造になっており接点不良の危険があるため、16Ωアウトプットを大至急直結しました。
おいどんは16Ω以外は使いませんからね。
ついでにアウトプットジャックもヘタってたので交換です。この辺は消耗品ですね。

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さらに、今回ネットでいろいろ調べてたら発覚したんですが、1970年代初期のマーシャルの一部に工場出荷時からの配線間違いがあり、この白い線は本来はスタンバイスイッチに配線されなくてはいけないとのこと。

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たしかにこの配線だと、スタンバイスイッチがオフでも電源オンと同時にバイアス回路に電流が流れてしまってますね笑。
なんと40年以上もこのままだったとは汗。
というわけで、大至急配線をやり直しておきました。

日本語でこのことを解説してる記事は見かけなかったので、70年代初期のマーシャルをお持ちの方はご注意くださいね。


最後にヒューズを、スローブローの3A/250Vと、スローブローの500mA/250Vに交換しました。
3Aの方はクライオ処理されてるやつにしてみました。

スローブローとファーストブローで音が違ったりもするみたいなので、この辺も今後検討してもよいかもですね。



それではパワー管を交換し、自作のバイアスチェッカーでバイアス調整をしていきます。


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このバイアスチェッカーの作り方は・・・まああまりマニアックになりすぎるのもアレなので今回はやめときますか笑。
赤がプレート電圧、緑がカソード、黄色がグリッドバイアス、黒はアースです。



これまでパワー管はグルーヴチューブのを愛用してましたが、今回はエレハモにしてみます☆



では、いよいよバイアス調整です。

手順と注意事項をしっかり守らないと、アンプを痛めてしまいますので要注意です。


【1】ダミーロードをスピーカーアウトへ装着。おいどんは愛用しているFRYETTE POWER STATION2へ接続しています。

【2】アンプの電源を入れる前に、バイアスチェッカーを真空管にはかせ、黒にテスターの黒を、赤にテスターのプラスを接続。

【3】アンプの電源をオン。2〜3分して真空管があったまってからスタンバイスイッチをオン。

これでプレート電圧を計測です。

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366Vですね。
USA仕様の120Vを、日本の100Vであえて使用してるので、まあこんなもんでしょうかね。

ここでプレート電圧をもとに、適正バイアスの値を計算します。


【適正バイアスの公式】

プレート損失MPD=25W
SCREEN=5W
25W + 8W=33W

LOW
(MPD x 500) / Plate Voltage

HIGH
(MPD+SCREEN)x636 / Plate Voltage

LOW 25×500 ÷ 366 =34.1
HIGH 25+8 × 636 ÷ 366 =57.3

というわけで、プレート電圧366Vの場合は、34.1から57.3の間が適正値となります。
この間で、好みのサウンドにすれば問題ないですよってことですね。

バイアス調整抵抗をトランスから見て反時計回りに回しきって絞った状態から、少しずつ上げて行って適正値の中で好みのサウンドになるところに調整します。
(※バイアス調整の抵抗の回す方向はアンプによって異なるかも知れませんのでご注意ください)


【4】カソードを計測する前に、アンプの電源を切ってからテスターの黒はそのまま、緑にテスターのプラスを接続。


【5】すべてのつなぎかえの作業は、いちいちアンプのスタンバイと電源を切ってから行い、各真空管1本ずつ計測して、もろもろ良い感じになればOK!ということです。
バイアスチェッカーには1Ωの抵抗が入ってるので、「オームの法則」により、テスターで電圧、mVを調べればそれはカソード電流mAと同じになるのですだ。



左の1番真空管が44mv

右の 2番真空管が55mv

と表示されてますが、実はふたつ作ったバイアスチェッカーの1Ω抵抗が、テスターで計測したらそれぞれ1.4Ωと1.2Ωと誤差があったので、いちいちこの数値で割らないといけません。面倒ですが仕方ないですね。。。

で、なんども調整しつつ、こんな感じになりました。

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44/1.2=36.6

55/1.4=39.3

という計算になります。

適正値のLOWくらいですね。
もうちょい上げてもよいかもですが、ここから実際に弾きながら好みのところで微調整です☆



マッチドペアと言っても完全に一致することはめったにありませんし、こんなもんは弾いてるうちにどんどん変わってきますから、だいたいでよいと思います。

要は適正値の範囲で使うと、真空管やトランスなどに悪影響が少ないですよ〜というだけの話ですから。

ネガティブボルテージもマイナス30V。
もすこしあってもいいですが、まあ問題ないでしょう。

こんな感じでバイアス調整完了!



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インスペクションシートも透明シートで保護しました。

70年代のヴィンテージマーシャル愛好家の間で都市伝説のようになっている話があるんですが、
アンプ内部の製造工程を確認するタグに、Rosemaryという女性のサインがあると音が良い!というオカルトめいたお話です笑。

このBACK PANELの横のサインがどうやらRosemaryさんのようです。

Bassとか10〜8とかぐちゃぐちゃっと書いてるのは意味不明ですが、
Marshall 1987LEADの回路を少し変更するだけで当時発売されていた1986 BASSに変更できるんです。

なので、このLEADはいろいろな持ち主に使われてきた中で、一時BASS仕様にて使用されていたのかもしれませんね。
そのときに、LEADの文字を消してBASSにしたのかもしれません。
なお現在は普通のLEADの回路に戻っています。


自分が生まれる前の1971年の10月19日に、Rosemaryさんという美しい女性がイギリスのMilton Keynesでこのアンプを組み立ててくれたんだなぁなんていう妄想しつつ、こんな風にいろいろ推理してみるのも面白いですよね☆

伝説のRosemaryさんの祝福を受けたこのMarshallが一体どんなサウンドなのか、ぜひライブに聞きにきてくださいね(^○^)


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こんな感じで、71年製マーシャル50wさんには、まだまた現役で頑張っていただきますよ〜(^○^)



【注意】
こちらの内容は、電気の基礎知識がない方には非常に危険です。
むやみにギターアンプの内部をイジることは、よい子は絶対にしてはいけません。
自信がない方はリペアショップに出してオーバーホールしてもらいましょう。
  1. 2018/01/23(火) |
  2. 日記

藤岡先生ありがとう


ギタリスト藤岡幹大先生が、1月5日にお亡くなりになりました。

藤岡先生はESPのモニターアーティストであり、MI JAPAN、およびESP Music Schoolの講師もされてましたので、

僕はESPとスタッフとして大変お世話になりました。



あまりにも突然のことで、まったく心の整理がつきませんが、、、

たくさんの方がいろいろな形で追悼されているのを見させていただき、

大好きな藤岡先生のことを、僕も一筆書かせていただきたいと思いました。

このブログで書くことは公私混同なのかもしれませんが、先生のことを少しでもみなさんに知っていただきたいという気持ちで書きましたのでご容赦いただきたいと思います。





初めてお逢いしたのは、2005年の楽器フェアだったと思います。


ESPブースにて、ESPが世界に誇る音楽学校MI JAPANの講師陣によるデモ演奏をしていただいたときです。


「藤岡先生はじめまして!ESPの佐々木です!」とご挨拶したところ、




少女のようにかわいらしいニッコニコの笑顔で




「よろしくお願いします♪」



と、この名刺を差し出されました。











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ちょ!

ギター戦車て。。。汗。







しかも、どうして幹大の「大」だけ、青色なのか。。。





こ、これはフリなのか?



突っ込め!というフリなのか???




と一瞬プルプルと震えざるを得ませんでした笑。




この絶妙なセンスが、なんとも藤岡先生らしいんですよ〜






いちいちツッコミを入れたくなる素晴らしいセンス!笑。











藤岡先生のすごいところは、ほんとに音楽理論とか無敵の知識がありながら、



「面白ければ音楽理論的に破綻してたっておっけいじゃん☆」というセンスをもってらっしゃったところです。



理論でカチコチになったりせず、つねに「やわらかアタマ」。



これが、まさに天才たる所以だと思います。





「学んだ音楽理論が表現の妨げになったりするなら、捨てましょう」ということもおっしゃってました。



この言葉は、藤岡先生が言うからこそ、説得力がある言葉だと思います。






また、身長も158cmと小柄ですが、手も小さかったです。
先生がよく笑い話で言ってたのが、当時のMI JAPANの校長であるポールギルバートと手の大きさを比べたら、ポールの手のひらの部分だけで、藤岡先生のいっぱいに広げた手が全部入りきってしまったという伝説、、、笑。


ギターは手の大きさ関係ない!ということなんですね。






先生が育った淡路島には、楽器屋がひとつしかなくて、情報も限られたものだったそうです。





すごく印象に残ってるのが、





「いまの時代はネットに情報がありすぎて、子供たちがどの情報を選んでいいのかわからなくなっている気がする。そういう子たちがギターを嫌いになったりしないように導いてあげたいな」って。





とにかくギターが大好きで、ギターの楽しさをみんなに伝えてくれる先生でした。






僕の本業はギターメーカーの方のESPのデザインやWEB関係なのですが、

ESPの音楽学校であるESP Music Schoolがお茶の水に誕生したときは、
スタッフの人数がまったく足りなかったので、
学校のHPやYOUTUBEの動画制作など、軌道に乗るまでいろいろやってたんですよね。


そんな中で、「うちの学校はこんなすごい先生がいっぱいいるんですよ〜。みなさん気軽に無料体験レッスンに来てみてね〜」っていうのを伝えたくて、この動画をアップしてました。





この動画は、うちの生徒さんにBIGBOSSでギターをご購入いただいてお渡しするとき、


たまたまいらっしゃった藤岡先生に、


「先生〜これちょっと弾いてみてください〜♪」とお渡しして弾いてもらったんです。



そしたら、いきなしこのプレイ笑。



ギターご購入いただいた生徒さんは完全に目が点になってました笑。





こんなすごい音楽教室、他にないでしょ?笑。









藤岡先生は、ネガティブなことを決して言わない方でした。


他人のことも、アーティストのことも、どんなギターのことも、エフェクターのことも、


ネガティブなことは決して言わない方でした。




常にめっちゃポジティブでした。




だからこそ、すべてのトーンを肯定して、誰も思いつかないようなすごいフレーズをいっぱいいっぱい弾いてらっしゃったんだと思います。




ESPスタッフとして、これからも藤岡先生が残された功績を讃えながら、さらにさらにギターを広めて行きますね☆


また佐々木個人としても、先生の足元にも遠く及びませんが、マイペースにこれからもギター精進してまいります!



これからもみんなを見守っていてくださいね☆



  1. 2018/01/11(木) |
  2. 日記

初心忘るべからず


最近ふと気がついたのですが、


なんと!


来年の2018年でギターをはじめて30年!




1988年からエレキギターをず〜っと弾き続けて30年。



その途中から職業もエレキギターの会社になり、それもはや20年近く。。。



仕事も趣味も大好きなエレキギター。




こんな恵まれた環境にいられることにあらためて感謝です☆






・・・がしかし!!!



ちょっとだけ思ったのです。





最近、なんだかタルんでないか?と。





そう!!




オナカがタルんできた!!!








いや、オナカもほんとにタルんでるんですが、




ギターもタルんでるんじゃないか?と。






社会人になり、仕事をしてお給料をいただき、



決して裕福ではありませんが、人並みほどには生活をさせていただき、、、



その暮らしを、、、1年、また1年と、、、その繰り返し。



仕事して、帰って、たまにチョロチョロっとギターをつま弾く。。。




そんな毎日を続けること数十年。





少しずつ、、、





少しずつ、、、




タルんできているのですだ!!!





というのも現在、AZRAELレコーディング真っ最中なのですが、




レコーディングとは、まさに現在の自分と向き合う作業。







鏡のように、現在の自分自信がのギターを通して映し出されます。





あらためて、自分のタルみっぷりを、痛感!!!





キャプテン翼で例えるなら、






小学生にしてアルバイトで家計を支えながらプロを志し、

ハングリー精神にあふれていた日向小次郎が、


特待生として東邦学園に行き、経済的に安定した途端・・・


ぬるま湯につかったようなサッカーをするようになってしまい・・・



久しぶりに再会した、かつての恩師・吉良監督に、



「今のおまえは牙の抜け落ちた檻の中の虎よ!」

とガチ説教される、あのシーン!!!





そう!



自分の中の吉良監督が、自分を責め立てたのであります!!!







というわけで、




特訓!!!







一週間のうち何日か、自主的に朝5時起き!!!

AZRAELのレコーディング作業と並行しながら、

こちらの楽典で、

基礎練習からみっちりやっております!!!



yngve.jpg




クラシックの弦楽器プレイヤーがバッハへ回帰するように、

メロディアスハードロックギタリストは、やはりイングヴェイへ回帰するのでしょうか。




Trilogy Suite Op 5の第1楽章を、



一音一音たしかめながら




ものっそい

ゆ〜っくりと




練習しております☆



昔は考えたこともありませんでしたが、実はゆっくり弾くことで勉強になることがたくさんあるんですね☆

勢いに任せて速弾きばかりしていたあの頃より、今の方が良いトーンが出ていると実感出来ます☆

さて、そんなおいどんですが、

ちびらりの次回ライブが決定しました〜



0819.jpg


たくさんの素晴らしいバンドさんたちと、この夏いちばんの思い出を一緒に作ろうぜぃ!!!

Nightmare Promotion主催
『ROCK of AGES vol.6』

■月日:2017年8月19日(土)

■場所:表参道・GROUND

■時間:OPEN 15:00/START 15:30

■出演:MANIPULATED SLAVES/ちびらり/VRAIN/
Bridge of Tears/Baskerville/Allegiance Reign

■料金:当日券/3,500円(+1DRINK)
    前売券/3,000円(+1DRINK)


チケット取り置きはこちら☆
  1. 2017/07/13(木) |
  2. 日記

備忘録のありがたみ

やっぱりね、






人生折り返し地点をまがったところで



思うことは・・・



人生の中で、



面白かったり、



感動したり、



興味をもってめっちゃ調べたこととか、



経験とか知識とか、






やっぱ





どこかに書いておかないと





絶対に忘れるYO!ということですだ笑。






備忘録のありがたみが、しみじみとわかる年頃。。。







そして、


書いておく場所は、



机の引き出しの中ではなく、




もしかしたら





ネット検索で引っかかるところが良いかもしれないYO!☆





というのも、

こないだ

ギターのマルチエフェクターAxe-fxの使い方でちょっとわからないことがあり、




ネットでいろいろ検索して調べてたら、




それを教えてくれたのは、




6年前の自分が書いたブログでした笑。






1_2017032315305504e.jpg






ネットのおかげで、たくさんの情報が簡単に手に入る世の中になり、

例えば、おいどんがエフェクターを自分で製作したりしたのも、

ネットで回路図などを入手して情報を得たからこそ実現できたことでした。



その他にも、何か問題が発生したとき、どこかの誰かが書いた記事がヒントになって解決することって本当に多いんよね。




しかし情報をアップするのって、無責任ではいけませんから、結構大変なんです。



ですのでエフェクターの回路図や、組み立てのコツなどを親切丁寧にアップロードしてくださった先人たちには、本当に感謝の念しかありません。





それを享受させてもらった自分が、
エレキギターの世界に出来る恩返しとしては、




やはり!

自分なりに調べ、経験した知識を、自らの責任が持てる範囲でアップロードして共有することだと思ったのです。




そんな熱い使命感に燃えながら、



当時、日本に流通したばかりで英語の資料くらいしかなく、



情報の少なかったAxe-fxのことを、


ライブで使うとこうだったよとか、やたら詳しくいろいろアップロードしてたりしました。






この世界のどこかの誰かの、ヒントになってくれたら、と。














まさかその記事を



一番必要としていたのが6年後の自分だったという、、、笑。







まあ、そんな感じで、

今回あっきーどっとこむをスマホ対応にフルリニューアルするにあたり、

ギャラリーのコーナーというのを作りまして、

いろいろ機材の写真をアップしてコメントを書いてみました。





全て自分の実体験に基づく知識、情報でございます。

今書かないと忘れてしまいそうだし、

10年後の自分が必要としてるかもしれないし、

どこかの誰かさんが、たまたま検索とかで引っかかって、何かの参考にしてくれたらと☆





逆に言うと、現在のネットには、無責任な情報もたくさんアップされてたりします。

伝聞の伝聞だったり、ただのウワサだったり、ちょっと悪意のある推測だったり、、、

そういう無責任な情報は、
おいどんのように純粋に自分に必要な情報を求める人にとっては、
全く役に立たないどころか有害な情報にもなりかねません。




ですので、それを見極めるチカラが、これから本当に重要になってくると思います。




ネット社会全体のモラル改善なんてことは大変ですが、


エレキギター業界、せまい業界なんですから、みんなで協力しあっていきましょう〜(^○^)




というわけで、

これからも自分なりにいろんな情報をアップロードしていきたいと思っております☆




機材とかにあまり興味がなかった人も、

写真とか見て、わ〜なんだかいろいろこだわってて楽しそうだな〜

なんて思ってくれたら嬉しいです(^○^)





■AKKKI GALLERYはこちら
AKKKI GALLERY





注目はやはり!


「プリアンプと空間系エフェクターの接続方法の直列・並列をフットスイッチ一発で切り替えるシステム構築について」

という記事ですな。


1.png




ここまでご丁寧にネットで情報さらしてる人も少ないかと笑。


誰かの何かのヒントになってくれたらと願っております☆












  1. 2017/04/08(土) |
  2. 日記
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